「ケ〆とはじめ -鶴の恩返し-」

お店の暖簾からお顔を覗かせた鶴子さん、白い妖精かと思いましたよ。

新井正枝さま

 

きもの作家の神宮ふささんにお連れいただき、

初めてお店にうかがったのは、もう40年近く前になりますか。

 

お店の軒先の暖簾から、鶴子さんがひょこりと、お顔をお出しになったの。

 

真っ白なフリルのついたエプロンドレスに、赤い口紅。

そしてふわりとカールのかかったパーマヘアのお姿で。

 

趣ある建物の、老舗のはきもの屋さんから、

まさか白い妖精のように可憐な女性が顔を出すなんて想像もしていなかったから、本当に驚きました。

あの衝撃は、昨日のことのように覚えています。

それから、お店に入った私はさらに大興奮。

 

これかわいい!

あれが欲しい!

あれも、これも……どれも素敵!

 

という感じで、頭の中が大混乱してしまいました。

滅多にあることではありません。

 

 

そして私のその状況を見て、鶴子さんがおっしゃいました。

 

「また改めていらした方がいいわね」

 

結局、その日は見立てていただけなかったので、

翌日、改めて一人でお伺いしました。

 

鶴子さんは冷静になった私に、

酒袋の台にタッサーシルクのオレンジ色の花緒を乗せて「どうかしら」と見せてくれました。

 

前日に私が欲しがっていた、華やかなキラキラした装履とは異なるものでした。

 

「普段、新井さんが着ている紬などに合わせるなら、

これがいいんじゃないかしら」

 

 

今日は、鶴子さんとも深く付き合いのあった、

きもの作家の神宮さんから譲り受けた漆の装履に乗って参りました。

彼女が手がけた片身変わりの着物に、羽裏の裂で作った帯を合わせて。

 

 

今日は彼女の体調がすぐれず、ご一緒することが叶わなかったので、

ふたり一緒に鶴子さんに会いに参りました。

 

鶴子さんとは本当に仲良しでしたから。

 
 

撮影/緒方亜衣
取材・文/笹本絵里