「ケ〆とはじめ -鶴の恩返し-」
山本芳子さま
女将さんを初めてお見かけしたのは、5年ほど前の銀座・資生堂ビルにある「SHISEIDO THE TABLES」で開かれたイベントでした。
資生堂ヘアメイクアップアーティストの鎌田由美子さんによる和装ヘアメイクのレクチャーと共に、誠治さんとお母さまの鶴子さんが、はきものを通して日本女性の美しさをお話ししてくださる内容だったかと思います。
(不思議な雰囲気をお持ちの方だな)
というのが、私が受けた女将さんの第一印象。
凛とした芯の強さと、たおやかな柔らかさ。そのどちらも感じたのです。
(このお方は、これまで一体どのような人生を歩まれてきたのかしら……)
考え始めたら、気になって仕方がありません。イベントの最中、私は女将さんから目が離せなくなっていました。
いくら目の前を美しいヘアスタイルのモデルさんが通っても、
誠治さんがお話をされていても、目は鶴子さんを追っていました。
壇上の階段から降りる足捌き、椅子に腰掛け直す仕草、グラスをもつ指遣い……。ちょっとした何気ない仕草のどれもが綺麗でしたから。
そして3年前、九段ハウスで行われた女将さんのこれまでの装履を展示した「ない藤モノ語り〜50年女将のはきもの史とその未来」展で、私は再びお目にかかることができました。
その日の女将さんは、たくさんのお客さまに囲まれていらしたこと、そして私がお会いできただけで緊張してしまい、なんとかご挨拶だけはさせていただきました。
それでもすごく嬉しかったです。
その後、私物として愛用していた展示の装履をたくさん拝見しました。
色や組み合わせのセンスが光っていました。どれも素晴らしく、その存在感に圧倒され、この時の自分の感情をうまく表現することができません。
そして本日、改めて女将さんのおはきものを拝見いたしました。
入り口で頂戴した小冊子には、展示のおはきものに宿る女将さんの物語が綴られていました。
そのおかげで、女将さんが歩まれた道のりを感じながら、展示のお装履を拝見することができました。
初めてお会いした日から感じていた、
あの唯一無二のオーラの秘密を、少し理解させていただけた気がします。
今回、履いてきた装履は初めてのない藤さんです。
それまで私は、まだ「ない藤」デビューは早いと思って控えていました。「ない藤」の装履を美しく履きこなせるようになってからにしよう、と。
そして着付け教室に通い続け、よい時期にお誂えができた、思い出深い装履です。
新宿伊勢丹に「ない藤」さんがお誂えフェアを開催した折に、誠治さんがお見立てくださいました。
「まずは一足目ですから」と、奇をてらい過ぎることはせずに天は白ですっきりと。
シンプルな雰囲気の中に、ほんのりと私らしさを、というアドバイスで巻きは濃紺。
花緒の裏と前坪には紅を選んでいただいた瞬間、「これでお願いします」となりました。
普段に履くというよりは、少し気持ちを正したい時にこの装履の力を借りています。
撮影/緒方亜衣
取材・文/笹本絵里