日常に潜む美へのまなざしを謳っています。
かつて日本人は、木に、花に、水に、火に、
あるいは一粒の米にさえ、
自然の精霊が宿ると考えていました。
「一草一木に神宿る」、日本古来の自然観です。
路傍の名もない草花も、
大輪の花と同じ命を生き、なお美しい。
人が目を向けることによって、
どんなに小さく儚いものも美しさを発揮するのです。
履物は、履く人を支える用具であると同時に、
ご自身の秘められた希望を叶える道具でもあります。
わたくしどもは、お誂えというかたちで、
お客様お一人お一人の秘められた想いに添う
ものづくりを目指しております。
京都は、長い歴史の中で集約された文化や
モノが根差すところです。
「京」とは、文化の生まれた場所、モノが集まってきた場所。
古の時代、文化やモノは、
シルクロードに点在する数々の都(京)から
はるばる倭の国・日本へ伝来し、
奈良を経て京都にたどり着きました。
わたしたち日本人は、曖昧模糊とした世界観のなかで、
日々の暮らしに積み重ねられた知恵をもって、
時間や意識に区切りをつけてきました。
四季折々の行事や節句、ケとハレの区別をつける習慣が
暮らしに豊かさをもたらし、
ともすれば忘れられそうなものにも光を照らしています。
「お静かに」「お平らに」と、
相手の無事を祈る思いを表しています。
大切な方がお出かけになる際に
「どうかご無事で」と 思いやる気持ちと、
偉大な自然に対する畏れと敬いを表しているのです。
「用のこころ」とは、 ”用” 、すなわち、お体とその使い道、
「身体を大事にしたい」という思いです。
「秘められた望み」とは、ご自身の心の内に秘められた想い、
無意識のお望み、夢、願望。
そして「趣」とは、色目やかたち、文様のお好みなど。
この3つが絶妙に重なり合うことによって初めて履物が
「お身を生かす器」として立ち上がり、
夢を叶える道具となり、
ご自分の夢への「虹の架け橋」となります。
「花ごころ」
そこには当舗に脈々と受け継がれてきた
日常への確かなまなざしがあります。
履物をお誂えいただいたお客様が
最初に目にされる包み紙には
「ふむなふむな 草は草とて 花ごころ」の句が、
そして箱を開けていただくと
「花ごころ」と題した紙片が
お目に留まることと思います。
代々育まれ、後世に伝えてゆきたい「大切なこと」。
この一文から感じていただければ幸いです。
履物とは何でしょうか。
先代である「ない藤」第四代店主は、
「履物は、花を生かす器」と言いました。
お足は、つぼみを育んできた根っこ、
お足元を大切に、と。
「ない藤」では、下駄を「木履」、草履を「装履」、
鼻緒を「花緒」と書き慣わします。
これは、わたくしどもが日々の暮らしと
生活の道具に対して
ひとかたならぬ思い入れを言霊として込めて
いるからです。
身体を受け止める器である装履は、
大地と人の間だけでなく、
人と人の関係においても、拠るべき「座」としての
役割を果すのです。
「ない藤」ではお客さまのお足の採寸を行っております。
これは、お客さまとわたくしどもが
対話を始めるための大切な準備です。
人の足には、指の長短、細太、幅と骨張り、
肉づきなど、各人各様の特徴があります。
わたくしどもでは、お客さまのお足の特徴を
詳細に採寸し、記録しております。
また、お足を拝見しながら
さまざまなお話を伺うことで、
お客さまの秘めた想いを感じ取ることが
できればと考えております。
そうしてお一人お一人に合わせて
誂えさせていただく履物は、
「足裏が酔う」フィット感と評判いただいております。
「多くの履物のなかから
どのようにして選ぶのが
よいのでしょうか」
そうしたご質問に対して私どもは、
お使いになる場面でのご自身の格調を
整えていただくことを大切に、と ご案内しております。
その場面とは、大きく分けて3つあります。
まずは、格調が高く、ご自身が主役である日。
次に、こちらも格調が高く、
しかしご自身は少し控えたお立場である日。
そして、それらの「ハレ」の日に対して
「ケ」、つまり日常です。
ご自身がどのような場面で、
どのようなお立場でお使いになるか。
それを明確にしたうえでお誂えになることで、
永く広くご利用いただくことができます。
色やデザインのお好みに沿うだけでなく、
その時、その人、そのお席の格調と調和し、
ご自身の存在感を活かす履物。
そのような “よりしろ” としての
履物選びをご提案しております。
お足を拝見すれば、その人がわかります。
足は五体の受け皿であり、
天と地の間に人間をつなぐ要の器官。
古来けじめを大切にする日本人の精神は、
足と履物に特別な意味を見出してきました。
「職商人」とは、商人でありながら
職人として手仕事をする形態のこと。
モノの作り手である職人が、お客様と直接出会い、
お客様の秘めたお望みを 直接モノに込める。
「ない藤」はモノと人が語り合う舗です。
確かな技を持ち情熱を秘めた職人が
日々を心豊かに、感謝の気持ちを持って
暮らす中で工夫や美意識が育まれます。
その心づくしの手仕事が、美しい日常の名品に
時を超える命を 吹き込むのです。
わたくしどもの祖先は、丹波国守護内藤備前守正之で、『応仁記』に「安楽院より上は、内藤備前守、是も三千計にて堅めたり」とあり、新町寺之内を上ったところに館がありました。文正元年(1466年)に応仁の戦乱で消失しましたが、
その跡は今も「内藤町」という町名で残っています。
明治8年に重兵衛門が木材と織物の商いを創め、
その残り物で下駄を作ったのが始まりです。
明治30年には北野の紙屋川近くで履物屋を開業、
その後支店のあった現在地(祇園縄手四条下る)に
移り、現在に至っております。
虫籠窓(むしこまど)とウダツが特徴的な建物は、
京都市より「歴史的意匠建造物」に指定されています。
月日を刻んだ木材の深い色合い、
並んだ黒瓦が奏でる小気味良いリズム。
昔の面影を今なお残す美しい京町屋。
京都にお越しの際は、ぜひ一度お立ち寄りくださいませ。